|
宮本浩次(みやもと ひろじ、1966年6月12日 - )は、日本のロックミュージシャン、シンガーソングライター、元童謡歌手。ロックバンド・エレファントカシマシのボーカリストおよびギタリスト、音楽プロデューサー。東京都北区赤羽出身。 == 人物 == === 人物像 === * NHK東京放送児童合唱団に小学校3年生から5年生まで入団。声楽指導を受けていた。ソロを任されるほど歌が上手くボーイ・ソプラノのスター的存在であった。また、ウィーン少年合唱団との交流もあったと言う。声域は裏声も含めhihiAを越える曲もあり「覚醒(オマエに言った)」「生命賛歌」「部屋」などがある。「曙光」は、hihiA#。さらに「男は行く」「コール アンド レスポンス」はhihiB。「星くずの中のジパング」はhihiC#である。 * デビュー当初からテレビ出演もライブでのMCもほとんどなく、雑誌などのインタビューでも無口・無愛想を貫くキャラクターであった。しかし1992年頃、何の前触れもなくライブで突然フレンドリーなMCをしはじめたときには、客席から「宮本ぉー、何があったのか言え!」との声が飛んだという〔宮本浩次「風に吹かれて」株式会社ロッキング・オン〕。 *髪を掻き揚げてぐしゃぐしゃにする癖は男っぽい仕草として高校生の頃から意識してする様になったと雑誌のインタビューで語っている。大学生時、レコードショップのアルバイトでは「お客さんが来る度に髪をぐしゃぐしゃする」という理由で3日で辞めさせられた。その他、メキシコ大使館の草むしりや船着場のアルバイトなどを経験している。 * 出身地である赤羽がバンド誕生の地である為、バンドのアイデンティティーとして、またファンの聖地として語られることが多い。 しかし本人は、特に赤羽に対して思い入れは無いとラジオで語っている。その反面、憧れの文豪が過ごした東京の地そのものに対する郷土愛には相当なものがあり、数々の歌に納められている。エレファントカシマシのアルバム『浮世の夢』のジャケットは赤羽一番街商店街で、ヒットシングル「今宵の月のように」のプロモーション・ビデオの一部は赤羽の荒川土手で撮影。また、「桜の花、舞い上がる道を」のプロモーション・ビデオは赤羽台団地内にて撮影が行われた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「宮本浩次 (エレファントカシマシ)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|